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新幹部になって

いつの間にやら幹部になっていた私であるが、これまでを振り返ってみるとその活動は決してほめられたものではない。最低限の雑務をこなしていただけだ。みずからすすんで何かをやったという記憶がない。

常任委員会は、体育部を運営する組織の必要から生まれた組織である。はじめに仕事ありきである。一定量の仕事が存在していて、それをこなすために各部から部員を募っている。

だが、それとは別に我々は一般の部員も募っている。

派遣部員だけでは人数が足りないからと言ってしまえばまあそれだけの話かもしれないが、もう少し良く考えてみよう。

一般の部員がこの組織に入るためには少なからず自由意思が関わっているはずである。つまり、みずからすすんで何かをやりたいという人たちが集まっているのである。

「仕事」という言葉には常に「やらされている」「やらなければならない」というニュアンスが付きまとうが、自由意思によって行う場合「ボランティア」という言葉を使う方が適切かもしれない。

ここで少し立ち止まって課外活動としての常任委員会の在り方を考えてみよう。

どこの組織でもそうだが、活動の中には各々が積極的に「やりたい」と思えるものもあれば「やらなければならない」と感じるものもある。

当然ながら何かを「やりたい」というのと何かを「やらなければならない」というのは全然違う。

もし後者だけが人を突き動かしているのならば、常任委員会はいやいや仕事をする人の集団と言わねばなるまい。

では、完全に前者である、すなわちやりたいという意思のもとに活動を行うのがこの組織にとって望ましい在りかただろうか。

それが可能ならその方がいいのかもしれないが、これは私にとってはクエスチョンである。各部が提出した学友会決算書に難癖つけてつき返したり、代表委員会で配布する資料をひたすらホチキスで綴じたりすることに喜びを見出す人は相当な変人くらいだろう。

競技局や事業局の人はイベントの担当者となる。自分が指示を出して自分の思い通りにイベントを組み立てられるのはさぞかし楽しいに違いない(私が競技局や事業局をねたんでいるとかではない、念のため)。

自分が能動的に活動するというのは楽しいことなのだと思う。

ただ、この常任委員会の伝統と言うかなんというか、能動的な活動を根なし草にしてしまうものがある。それは世にマニュアルと呼ばれるもので、これは担当者の自発性を奪ってしまう。

前任の担当者が色々苦労して、次期担当者にはもっと楽させてやりたいという思いやりなのかもしれないが、あまりに丁寧にマニュアルを作ると、次期担当者はそのマニュアルに従って行動しておけばいいやという考えに陥りがちになるし、それの外に出ることができなくなる。

血迷ってセンターPCでカタカタやっていたら案の定後ろが詰まってきたのでこの辺で。


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Author:jonin
日陰で日々仕事に励む大学生たち。

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