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二高と僕

えー、ご指名いただきました。under the treeです。
特に話題はないのですが、この前west mountainと話していたので
「旧制第二高等学校」について書こうと思います。


先日の四賞の式典で、志村先生からご挨拶がありました。
先生は米寿を迎えられたそうですが、二高をご卒業された方でした。
そのお話に、僕は少し感動を覚えていました。

みなさんは、「旧制二高」と聞いてどのようなイメージを持つでしょうか?


僕たちが在籍する東北大学の前身ではあります。
しかし、その名残は正門近くのレンガ(?)を積み上げて作った門(?)に
見られる位かもしれません。

そしてそれは、戦前のお話になるかも知れません。

僕らはもちろん生まれてはいなかったのですが、
志村先生のお話を聞いて、
そこには確かに、旧制第二高校があって、
東北大学へとつながっているのです。



半年くらい前になるでしょうか、高校の100年誌を読む機会がありました。
様々な方が思い出を寄せているのですが、よく「二高」が出てきます。
(記憶だけで書きますので、人名などでかなりの間違いがあると思います。
いろいろなエピソードも交じり合っている気がします。先にお詫びいたします。)


明治30年(1987)に水戸中学校の分校から、土浦中学校として創立。

第一回の卒業生は本当に数名で、集合写真は下駄を履いて写っていました。

創立初期の先生に、高野虎之助先生という方がいたそうです。
土浦中学校をご卒業され、進学は第二高等学校でした。
その後、健康上の理由で退学なされたとのことですが、
母校にもどり教鞭をとられました。

当時の中学校には、遠方で通学が困難な者のために学生寮がありました。
学生であるため夕食の後、おなかが減るわけです。
するとそこを狙って窓のところへ、焼き芋を売る商人がくるので
先生に見つからないように買い食いするそうです。
今のようにコンビニなどありません。

通学手段は最初は徒歩で10キロとか、時代が進むと蒸気機関車もあります。

遠足といったら、まさに文字通りで、何泊かで100キロメートル以上を踏破です。

自分たちの手で校歌を作り、
学生服にマントをきて学生帽をかぶり
街中をで歌いながら歩いた時代。

そのときの学生は、弁論大会を開いたり、体育大会を開いたりします。
特に全員が夢中になったのは野球とボート。
対校試合では、学校・組の意地をかけるのです。

明治や大正ですよね。


さて進学者はそこまでいなかったと思いますが、
やはり「二高」が多いです。

高杉晋一さんは在学中、柔道部で励んでいました。
この時代、進学を希望するも学費が足らない。
すると先生が言うわけです。

「学費は出してやる。ただ絶対に一回で合格しろ!」

柔道部の友達二人と猛勉強を開始しますが考えます。
「一高は土浦から、近い高校だ。
だが、一回で合格するならば二高を目指そう。」

友達と二人で見事に二高に合格しました。
その後二人で同じ会社に入社し、
戦後の財閥解体のとき、それぞれ別の会社の社長になります。


友との別れのときに歌うのも、学生歌だったとかそうでないとか。



僕は、志村先生のお話を聞いて、上のお話を思い出しました。
先生は、上の方たちと同じ「二高」に通っていたのです。

明治や大正、昭和という時代に、「二高」が
確かにいまここにあったのです。


僕が少なからぬ身震いを覚えたことを、
知っていただけるとうれしいです。

今回のブログは、これで終わりにします。

えー、それでは次にブログを書いてもらうのは、
委員長会議ですばらしい議長ぶりを発揮した実行委員長にお願いします。
みなさん期待しましょう。










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介護は大変だよ。

どうも、敬愛なる小川殿下(仮)に『特別な存在』と言われて、
勝手に舞い上がっている上野です。



近頃だいぶ気温が上がってきましたねぇ。
つい先日までいた名古屋やその他の地域でも、ついに桜の開花宣言が発表されたとかされてないとか。
多分前線が仙台に到達するのは4月下旬頃だろうけど、桜吹雪の元で飲むお酒の味はまた格別ですよね。

・・・自分がこんなことを言えるようになったことを、「成長したな~」と思うか、「年食ったなぁ」と思うかは、皆さんのご想像にお任せします。


しかし、むか~しむか~し誰かが「春眠暁を覚えず」とかなんとか詠んでたけど、最近の僕は暁を覚えなさ過ぎてるような感じが否めません。
もう新学期の足音がヒタヒタと聞こえてきているというにのぉ・・・。


・・・まぁいいや。


そんなこんなで長い前置きはさておき、本題に入ろうかと思います。





皆さんも両親や祖父母がいる以上、いつかは


介護


するという可能性が出てくると思います。

実は自分もそんな境遇の一人。


出合ったころは、元気ハツラツアンパンマン!って感じだったのに、
今となってはちゃんと走ることもままならない。

この暖かい季節にもかかわらず、未だにヤツは寝起きが僕以上に悪く、
起こしにいっても、1度で起きたためしはない。

世話自体は大して大変ではなく、1・2週間に一度体を拭いてあげるとか、
たま~に軟膏的なものを注してあげる程度だが、
なぜか最近は食事が3・4日に一回と、食欲旺盛になった。
まあ、これはこれでいいこと(?)なんだけど。

あと、八木山や青葉山なんて、昔はヒョイっと登ったもんだけど、近頃じゃ
ヒィヒィ言いながら、やっとのことで登るまでに体力が落ち込んでしまった。
よく一緒に登ったけども、どうやら最近じゃ体力の衰えは隠せないようだ。


昔はよくやんちゃもしたなぁ。
あるときは山間部に、またあるときは海辺に。

そして極めつけは・・・静岡に












・・・そろそろ気付いた人もいると思うけど、介護されてるこいつの名は、


BJ(オレンジver.)


なんだけどね。

もうかれこれ2年の付き合いになるけど、いよいよ走行距離17,000KMが迫ってきていて、
いいかげん体の節々にガタが来ているようです。

今後も大切にいたわってあげよっと。



皆さんも期間の長短を問わずに大切にしているものがあると思うけど、
このモノが有り余っている時代だからこそ、
それをとことん大事に扱い尽くしてあげてください。


現代人にはこういうココロの余裕が足りない気がするんだよね。
だから、昔じゃありえない事件が多発してるんだと思うよ、きっと。



それでは、そろそろお時間のようですので、皆さん目の前の杯と皿を空けて
・・・じゃなかった、私はお暇させていただきます。

この後、ヤツと心はバーレーンに、体は自宅に行って、日本代表を応援しに行くんでね。。。
ヤツって?もちろん・・・

相棒

のことさ。はははっ。



というわけで、次のブログは、今正に民主党の大統領候補者指名レースでお忙しいとは思いますが、


バラック・フセイン・オバマ

改め、

偉大なる指導者(委員長)であらせられる、
Hiroki KINOSHITA

様、よろしくお願いします。

ヤツはとんでもないバトンを渡していきました

こんにちは、先週の記憶が乏しい小川浩一郎です。

なんか春休みなのに忙しいです。
忙しいので日記みたいなものを書けと言われればいくらでも書けますが、別に面白い毎日を送っているわけではないんです。



 な の で



今日はちょっと昔話でもしようかな。





あれは僕が常任に入って間もない頃。

今でこそゴルフ部からの派遣は毎年二人ですが、自分の代では僕一人。しかもいっこ上の先輩の洋介さんとはあまり話をしていなかったので、初めて連れて行ってもらった体育会室は見知らぬ人たちでいっぱいで、とても不安でした。



自分はこの団体の中でやっていけるのか。


自分はなぜこの場所にいるのか。





そんな不安を抱えながら何回目かの常会を迎えた頃、当時の事業局長だった人と夜に二人で体育会室に残ったことがありました。



その人は普段あまり自分の感情を表に出して話をする人ではなく



僕が春のスポーツ大会で企業から協賛をもらえることができ、嬉々としてそのことを報告したとしても




「おっ、やったじゃん」


と僕の顔も見ずに言うだけでした。




…悲しかったです。



そんな人なので、二人きりのときもあまり会話をするというわけではなく、僕は黙々とスポーツ大会の仕事をやっていました。





やがて先輩が帰る支度をし始め


僕が春先のまだ寒さが残る体育会室で一人仕事をする覚悟を決めたとき


先輩が一言声をかけました。





「…オレは小川が頑張っている姿、ちゃんと見てるよ。」



「夜に部室で一人仕事をしていること、常任での慣れない習慣に馴染もうと必死なこと、同輩や先輩と早くコミュニケーションをとろうと毎日気を遣っていること」



「だけど3年間身を置く場所、仲間なんだからそんなに気を張らなくてもいいんじゃないかな。」



そんな言葉とともに差し入れしてくれたものが







300px-An_Open_Bag_of_Werther27s_Original.jpg



ヴェルタース・オリジナル。





当時の事業局長がくれた初めてのキャンディー。



それはヴェルタースオリジナルで、私は19歳でした。



その味は甘くて



クリーミぃ



こんな素晴らしいキャンディーをもらえる私は、



きっと特別な存在なのだと



感じました。





今では私が事業局長。



後輩にあげるのはもちろん






ヴェルタース・オリジナル。



なぜなら彼らもまた、






特別な存在だからです。










以上が僕が事業局長をやっている理由であり、誇りです。


まあ全部嘘なんですけどね。




こんなことしてるから夜の学友会長賞候補とか言われるのか(ニコニコ的な意味で


というわけで僕の特別な存在の一人でもある上野君、次頼むよ。

一人で我慢しないで そばにおいでよセニョリータ

今年もらったチョコは優に20個を超える、事業局長兼企画局長。
またの名を「夜の学友会長賞筆頭」の小川浩一郎です。

四賞飲みのときは二次会行けなくてスマソ
だって、あのときさ、女がどうしても会いたい!って言うんだもん。
夜の学友会長賞の俺としてはさ、やっぱ放っとけないわけじゃん?

・・・まぁ、いいや

君たちも来年は、夜の四賞欲しいだろ?
湯山が代表委員会で言ってたみたいに、今年は東北大が主管だからさ、夜の大谷賞は比較的狙いやすいんだぜ?
じゃーさ、もてない可哀想な君たちのために、俺みたいにモテる人間はどういう一日を送ってるのか教えてやるぜ!


【朝7;00】
俺の朝は早い
いくら昨晩女を抱こうと、一杯のモーニングコーヒーが俺を蘇らせてくれる
隣で寝ている彼女を横目でみながら飲む一杯のコーヒーが俺の至福の時なのさ




【朝10:00】
そろそろ街もおはようって言う時間かな
お気に入りの服に袖を通し、髪もサラりとスタイリング
無造作に決めるのが最近の俺流
鏡の前で最終チェックも怠らない・・・よし、完璧だ

外でまだ眠っている俺の女をそっと優しい言葉で起こす
「まだ眠ってるのかい?セニョリータ・フュージョン」
こいつには達彦のSRも、落ち着けよのBJも適わない、もちろん関口の自転車も、木下のネックウォーマもな
全く最高の女だぜ・・・

そんな彼女に火を入れて、俺は颯爽と街へと繰り出す
・・・おっと!もちろん後部座席は既に予約済みだぜ?ハニー




【昼12:00】
ショッピングを終えた後は、優雅にカフェで食事さ
最近見つけたお気に入りのカフェ、彼女も喜んでくれてるみたいだな
やはりパスタはカルボナーラに限る、お前は本当に俺を裏切らない
このカフェに来ると、ワイン片手に地中海を眺めていたあの頃を思い出す・・・
ブロンドヘアーのエミリー、今頃元気だろうか・・・
・・・おっと俺としたことが・・・ちょっとノスタルジーに浸っちまったぜ


【昼2:00】
そろそろアフタヌーンスリーピングの時間
知ってるかい?スペインでは、シエスタって言って、昼寝の時間が文化的に昔からあるんだぜ?
俺もそれに倣って、シエスタするってわけさ
グンナイ、ハニーたち



【夕方5:00】
眠りから覚めた俺
寝癖は即座に直さないと気がすまない
大理石のシャワールームで汗を流す、これも俺の日課なのさ
シャンプーはオーダーメイド、これ以外は使う気がしない




【夜7:00】
今日のディナーは、彼女に作ってもらった
いつもなら、俺が腕によりをかけて作るんだがな・・・たまにはこういうのも悪くない



【夜9:00】
画面を見つめたまま、
ふと、傍らに、その右手を伸ばす。

確かに、そこに居るはずの、愛しいあのコを求めて。
その小さな体を、知覚しようとする、俺の右手。


・・・居ない。確かにさっきまでは、ここに居たはずなのに。
ようやく、画面から目を離す俺。

訝しげに、辺りを見まわす。
ちっぽけなマンションは、なにも変わっていない。
ただ一つ、あのコが消えた、という事実を除いては。

小さな舌打ちをしながら立ち上がる。
やれやれ。またかくれんぼの始まりだ。
全く、毎回毎回、ふざけるのにも程がある。

が、所詮、ちっぽけなマンションだ。
あのコが隠れる所なんて、たかが知れている。
しかも、その隠れ場所がパターン化してきていると言うその事実を、
あのコは気づいてもいない。

ゆっくりともう一度、辺りを見まわす。
おもむろにふとんをひっぺがえす。
テーブルの下を覗いてみる。
念のためユニットバスのドアも開けてみる。

居ない。どこにも、居ない。
だんだん焦り出す、俺。
舌打ちの回数が増える。
僕の体の、ある一部分が、さらに強くあのコを求め始める。

・・・欲しい。
いますぐあのコのカラダが、欲しい。
いや、あのコがいないのであれば、
いっそ、ちょっと深夜の街に繰り出して、
別のコで我慢してもかまわない。
ただとにかく、一刻も早く処理したいのだ。
この、体の奥底から湧き上がって来るわが身の欲求を。

たかなる欲望を抑えきれず、
財布をポケットに突っ込み、
家を飛び出そうとした俺の視界に、
唐突にあのコの姿が飛び込んでくる。


・・・玄関。
そんなとこに隠れていたのか。

抑えようとしてもこぼれおちてくる笑みを
隠しきれないまま、
あのコにその右手を差し伸べる、俺。

財布を入れていないほうの、
もう片一方のポケットをまさぐる。

取り出したジッポで
あのコの体に火をつける。
満たされていく、欲望。

マイルドセブンスーパーライト
やっぱりお前は、最高だ。



【深夜00:00】
こっからが俺の本番の時間・・・だけど、ここじゃ刺激が強すぎて書けないな!



分かったかい?坊や達
これで君達も俺みたいな紳士になってくれよな!
じゃあ、また機会があったら会おうぜ・・・



・・・おっと!忘れるとこだった
次にブログ書くやつを指名しないといけないな・・・
いつもなら、あの子を指名するんだが・・・いいやつが思いつかないな・・・

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よし!次も俺が書いてしまおう!
来週もまた見てくれよな!あばよ!

“二兎追うものは一兎も得ず”ということを心得よ

っと祖父から届いた年賀状に書いてありました…。





申し遅れました、第54期会計局長を務めています西山です。

前のブログで副委員長からも紹介があったように、常任に入って最初で最後のオープンスキーに行ってきました。

2月の26日からの3日間、かなり疲れたけれど本当に楽しかった。

もっと滑っていたかったような、吹雪いて寒いので早く戻りたかったような…。




スキーも終わり、それに伴って2月も終る。そして3月に突入。

会計局長の一番極い3ヶ月が始まる…。

今年度決算、来年度予算作成、そして5月の役員会…。


会計局の仕事って、特に局長の仕事って結構一匹狼でやっているように見えると思うけど、他人の都合による部分が多い。

各部の決算書で例を見ると、それの作成をお願いするところから始まり、出来をチェックそして監査の先生にも確認してもらうという、幾つもの段階に他人が登場する。
決算だけでなく賛助もそうだと思う。

この時期なるべく極くないように仕事を前倒しでやってきたつもりだが人あっての仕事、そう簡単に自分の思うように早くは終わりそうにない。



それに3月は私、会計の仕事だけをやっていて良い訳ではない。

3月の中旬には東京に学外研修、下旬にはTOEICに委員長会議。
その間には春から自分の足になる予定の車の点検に立会い、そして仙台へ輸送。

さらには私、理系3年生なのに就職活動もしていたのでESを12日までに出さなければならない。
(この間まだ提出しないのかという連絡が来た…あまり出す気なかったのに…)

その他、隙間隙間にはバイトも残っている…。


本当にこのまま行くとどれも得ることが出来ないんじゃないかと思う。


ただ、自分はこんな程度で潰れる人間じゃないなんていう高いプライドを持ってやっているので、本当に出来るところやれるところまで“我武者羅”に行くだけです。




そうは言ってもこんな仕事の量に押しつぶされそうになるときもある。

そんなときの会計局員達は本当にありがたい存在だと思った。
皆私に対して「何かやることがあったらいつでも何でも言ってください」だと。

本当に嬉しいね、正直そんなに世話をした覚えはないのに…。
局長を助けようとしてくれるんだもんね。

そんな局員達のためにも来年度以降はもっと仕事が楽にいくように会計局マニュアルを更新したいと思っているから、あともう少し頑張ります。




ただね、あまり仕事ばかりしてちゃ飽きてしまうわけですよ、何か楽しいことがなきゃ。


そういうことで昨日なんだか変なメーリスが次期委員長から皆にまわって、またまたあいつが調子いいこと言ってるななんて思った人もいるかもしれないけれど、実はあれの発起人は私です。

プレ委員長会議だとか2007年度納会だとか言っていたけど、正直な話自分を打ち上げて欲しいということ。
あまり派手じゃなくて良いから…。
(ただプレ委員長会議だと派手じゃないとか無理か…)



これまで急に決めた飲み会は幹部だけということが多かったので今回は常任委員全員を巻き込んでみた。
いきなりで迷惑かもしれないけど、何人集まるか楽しみだ。





しかし、まずは目の前の仕事を一つ一つこなしていかなきゃね。(まずは代表委員会)
反省のときにあーだこーだ言われたくないからね。(あれが一番極いよ)
逆に褒められたいからね。(そうやって伸びるタイプですから私は)
前日に徹夜を極力したくないからね。(って今日がそうですが…)
明日グダグダになりたくないしね。(明日の代表委員会は私の独壇場になりそうです…)



とにかく、今度上手い酒が飲めるよう今精進したいと思う。







次のブログは…
今年の元日に私と横浜をドライブデート?した顔の事業局のコクーン、じゃなくて浩君にお願いしようと思う。


よろしく頼むよ。

オープンスキー始末記

久しぶりにブログ登場のナガサワです。

会計局員その1から「ナガサワに回してもブログ止まるだけ」みたいなコメントを頂きまして(別に根に持ってるわけではないですよ?)、ちっくしょう、好き勝手言いやがって…と(だからー、別に根に持ってるわけではないですって)一心発起してブログを書こうと思い立ってからはや1週間が経過しました。

書くことを忘れてたわけじゃないんです。ただ、ブログの書き込みかたを忘れてたんです。前回までは覚えていたはずなんですが…。最近、僕の脳みそのニューロンたちも、本人同様かなりひきこもり気味みたいで、困ったものですね。

加えて、先週はオープンスキーもあり、前担当者として同行していたものですから、1週間くらいのタイムラグは許してほしいものです。


さて、今回はそのオープンスキーのお話です。

今年は参加者に大きな怪我や病気などもなく、無事3日間の行程を終えることができました。担当のS田、お疲れ!

今年の安比は去年とは一味違い、一日たりとも晴れてはくれませんでした。担当者の日頃の行いが悪かったのか、明けても暮れても雪が降ってまして、全体写真もなんかこれから遭難する登山隊みたいな感じです。まあぶっちゃけ前担当者の日頃の行いが悪かったせいだと思います。

今回最も活躍していたのは、何といっても事業局のニューホープ、N元でしょう。彼は先日、部誌上でその才能をいかんなく発揮してくれたばかりだったのですが、安比においてもやってくれました。その活躍は、ブログ上では書くことさえはばかられます。ゲレンデで神聖な輝きを見せたS藤もかなり見どころがありますが、今回は次点といったところです。次の機会に期待します。

オープンスキーは、一般参加者だけではなく、常任の参加者も2泊3日の間思う存分スキー・スノボができるのが大きな特徴です。今回参加できなかった人も、来年の参加を考えてみてください!


それじゃあ、一緒にオープンスキーに行ったN山、次よろしく!




Appendix

プロフィール

jonin

Author:jonin
日陰で日々仕事に励む大学生たち。

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